《第3話》 子どもたちには見せなかった夜と、妻の泣き顔

《第3話》 子どもたちには見せなかった夜と、妻の泣き顔


福岡に来てからしばらくの間、
私は、できるだけ普通に振る舞っていました。

子どもたちの前では、
言葉を選び、
声の調子を変え、
余計な沈黙を作らないようにしていた。

彼らには、
事情をすべて理解する必要はない。
いや、理解させてはいけないと思っていました。

何を失ったのか。
どこまで追い詰められていたのか。
これからどうなるのか。

そういうものは、
大人が背負えばいい。

子どもたちは、
学校に行き、
友だちと話し、
日常を続けていればいい。

そう思っていました。

でも、
夜になると、
話は別でした。

子どもたちが眠ったあと、
部屋の明かりを落とし、
一日の終わりがやってくる。

その時間になると、
私の中で、
押さえていたものが静かに動き出す。

答えの出ない問い。
取り返しのつかない判断。
数字として積み上がる現実。

頭の中では、
何度も同じ場面を繰り返していました。

もし、あの時。
もし、あの判断をしていなければ。

どれだけ考えても、
何も変わらないことは分かっているのに、
止められなかった。

そんな夜、
妻の泣き顔を、
何度も見ました。

声を上げて泣くわけではありません。
嗚咽をこらえ、
静かに涙を流す。

子どもたちに聞こえないように。
気づかれないように。

その姿は、
今でもはっきり覚えています。

私は、
言葉をかけることができませんでした。

慰める言葉も、
希望を語る言葉も、
どちらも、
その時の自分には嘘になる気がした。

だから、
ただ、そこにいました。

何もできず、
何も言えず、
同じ空間で、
同じ時間を過ごす。

夫として、
父親として、
何も与えられない自分。

この感覚は、
経営での失敗とは、
まったく別の重さでした。

子どもたちは、
その苦悩を知りません。

知らなくていいと思っています。

ただ、
一人だけ、
すべてを分かっていた人がいた。

それが、
妻でした。

一緒に失い、
一緒に移り、
一緒に耐えていた。

あの時間がなければ、
私は、
今ここに立っていないと思います。

立ち直ったわけではありません。
乗り越えたとも言えません。

ただ、
崩れきらずに、
踏みとどまった。

その理由は、
誰かに支えられたというより、
一緒に沈んでくれる人がいた
それだけだったのかもしれません。

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